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先人も気にしていた。“髪の毛”のこと1/1

薄毛、目をそらすこともできず、どうしても気になってしまいますね。 ヘアスタイルが多様化している今、昔は時代劇のイメージもあってか、かつらがまず 思い浮かびます。かつらでごまかしていたのか?植毛という手がすでにあったのか? 前の時代にタイムスリップしてみましょう。

「薄毛」を隠していた歴史上の人物とは?

文献によると、古代ローマ時代の軍人シーザーがそうだと言われています。
シーザーは月桂樹の王冠で薄毛を隠していたとのこと。

16世紀から17世紀のヨーロッパの貴族社会では、ウイッグで既に薄毛を隠していたと言います。

薄毛を隠す、というウイッグが考案された一方で、豪傑な人たちは髪の毛なんかなくても
人生に何も影響もないということを言いつつ、結局は頭を悩ませていたのですね。

日本ではあえて、頭頂部を剃っていたとか。

侍文化の月代は、兜をかぶってしまうと、頭が蒸れてしまうので頭頂部を剃ったのが始まりです。
蒸れて、気が逆上するのを防ぐためでもあったと言われています。

昭和のはじめに奥田正二という医師が、植毛術の研究を進めました。

当初はやけどなどの病気で毛を失った患者に対して、残っている部分から毛を移植する実験を繰り返していたのだとか。

その後、田村一先生がこの技術を改良して、現在最先端で行われている技術“毛包単位移植”の手技を、ほぼ完璧に独自で見出し、医学論文を発表しています。

が、その後の戦争で論文が古い表記であることから、長きにわたって忘れ去られたのです。

戦争が終わり、高度成長期を迎えた1959年

アメリカのオーレントライヒ先生が、“パンチクラフト(円形状植毛)”という植毛法を報告、世界に衝撃を与えました。

この方法は、

直径4ミリ程の円形のメスを使い、後頭部の頭皮を毛根ごとくり抜く。

薄くなった前頭部や頭頂部に一回り小さな穴をあけ、毛をすっぽりと抜けないように差し込む

という植毛方法です。

移植された円筒形の毛根の束は、まず血流を回復して、数か月も経つと毛髪が伸び始めるというのです。

日本では1970年ころからこの手法が盛んに取り入れられています。
日本の医師は手先が器用なのと相まって、結果がいいと世界中に広がり話題となりました。

現代は、毛を増やすという方法

再生医療という言葉が取りざたされていますが、状態によって再生医療が適応できるか否かが問題となっています。

毛包の自己再生の能力にも注目したいところです。
最近ではiPS細胞もいい関係をもたらせる様子。

病気などは別として、普通に髪の毛が抜けていっても、毛の量はあまり変化がないのは、毛包が生涯を通して部分的なところを壊し、また新しく作り替えるという自己再生を繰り返しているからです。

今も昔も悩むところは同じ。まだまだ毛包における研究が進められるところなのでしょうか。

written by Rikako