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多発性骨髄腫と生きた夫婦の1094日間『はっちゃん、またね』、池沢理美先生インタビュー1/1

多発性骨髄腫とともに生きた夫婦の1094日間を描いた漫画『はっちゃん、またね』が昨年発売になりました。本コミックを描いた漫画家であり、妻である池澤理美先生いけ

これはいつまで続くの?この地獄は、生きていてほしい−でも、神様、もう赦してあげてください。

遡ること 2013 年 7 月 2 日、ロックバンド「THE GOOD−BYE」ベースの加賀八郎さんが55歳という若さでお亡くなりになりました。

八郎さんは 2010 年に血液がんの一種「多発性骨髄腫(たはつせいこつずいしゅ)」を発症。闘病生活を続けていました。

八郎さんを最後まで支え続けてきた妻で漫画家の池沢理美さんは、その生き様、夫婦間の 1094 日全てをそそぎこんだ一冊の闘病コミックエッセイを 2015 年 12 月 11 日に刊行しています。

メリパは今回、池沢理美先生にその胸中をお伺いしました。

池澤りみ,漫画家,講談社KC,はっちゃんまたね,多発性骨髄腫

闘病中、なにか教えられたと感じたことはありますか? − meripa(※ 以下m)

池澤りみ,漫画家,講談社KC,はっちゃんまたね,多発性骨髄腫

日常のささいなこと、なんでもないことがいかに幸せか、ということに気づかされました。
あとは、夫婦二人だけで生きているのではなく、まわりの方々に支えられているということも。

知人や、治療に携わっている方々はもちろんですが、医療の助成のシステムや障害年金などにもとても助けられました。

変な話ですが、人工透析が必要な腎不全になり「障害者1級」に認定されたために、医療費が基本無料になりました。

人工透析の費用だけではなく、骨髄腫の治療費もかなり高額になるのですが、それも支払い免除になり、これはもう不幸中の幸いとしか言えないのですが、非常に助かりました。

その上、障害年金もいただけたので、介護と付き添いでなかなか仕事ができず貯金を切り崩して生活する中、かなり助けられました。とにかく感謝の気持ちを以前より持つようになりました。

− 一番記憶に残っていることをお聞かせください (m)

池澤りみ,漫画家,講談社KC,はっちゃんまたね,多発性骨髄腫
一番と言われるととても難しいのですが…。

あえて一つに絞るなら、はっちゃん(加賀八郎さん)の笑顔です。

おいしいものが食べられたり、ビールを飲めたりしたときの、にかーっとした笑顔が心に強く残っています。
闘病で苦しいことが多い中、痛みがなかったり食べ物がおいしかったときのはっちゃんの満面の笑顔を見ると、私まで幸せな気持ちになりました。

− 今、身近の人の状態に少なからず異変を感じている人や、闘病の状況である人に伝えたいことはありますか? (m)

池澤りみ,漫画家,講談社KC,はっちゃんまたね,多発性骨髄腫
闘病はつらいことではあるけれど、そのなかでひとつひとつ喜びや、幸せを見つけることは不可能ではない、ということです。

ささいな幸せを見つけていければ、闘病生活のつらさも少しは軽減されると思います。

悲観的になりすぎてもいいことは起きないと思うので、できるだけ前向きになっていただきたいです。

極論を言ってしまうと、人は誰でもいつか死んでしまうものなので、いま何をしたいか、何ができるかを考えて、できるだけ下を向かずに生きていただけたらと思います。

− もし今、加賀八郎さんが目の前にいたとしたら、どんな言葉を投げかけますか? −(m)

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じつは毎日、はっちゃんに話しかけているんです。

「おはよう」とか「今日は飲みにいきます」とか。
なので、もし目の前にはっちゃんが本当に現れたら、言葉を投げかけるよりも、抱きついて泣いてしまうと思います。

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 時は流れて 2013 年 11 月 17 日。

東京国際フォーラムにて、加賀八郎さんの所属していたロックバンド「ザ・グッバイ」の30周年となる記念コンサートがおこなわれました。

グッバイのベーシストは八郎さんだけ」と、メンバーは新たなベーシストは入れずに演奏しましたが、池沢先生はそこに加賀八郎さんの姿を確かに見たと言います。

その話を見たときに、私はあることを思いました。

そう、バンドのメンバーも、漫画家としての池沢先生も、八郎さんに伝えたかったことはたった一言だったのです。

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書籍の詳細はリンク先にて (KCデラックス BE LOVE) コミック ※画像をクリックするとジャンプします

加賀八郎さんが、池沢先生のことを思って作った歌『君を離さない』(3:22)