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働く障害者を罵倒する客、あなたならどうしますか?1/1

働いている障害者が客から罵詈雑言を浴びせられている現場に遭遇したら、あなたならどうしますか?ニューヨークのメディアが隠しカメラを仕掛けて、お客さんの反応を観察する映像を公開しています。

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まずはこちらの映像をご覧ください。

あなたならどうする? ~スーパーの障害者差別~(8:25)


なぜ怒る人と怒らない人で分かれるのか?


映像で怒っている人たちは役者さんですが、例えば実生活でもダウン症などの身体障害をもっている人とのやりとりで、怒る人もいます。

それは、いわいる仕事として身体障害者の方々をサポートしている人たちも同じことです。

2016年7月26日、神奈川県。
元職員が起こした相模原 障害者施設 殺傷事件は記憶に新しいと思います。

国内において、第二次世界大戦後もっとも多い犠牲者数となりました。

逮捕された26歳の彼もまた、
施設に入居していた障害者に対し、怒りの感情を吐き出すかのように暴行・暴言を繰り返していたことが報道されています。

なぜこのように、身体障害者を相手にしたとき、怒る人と怒らない人とで分かれるのか?

不思議に思いませんか?

その人に精神的に余裕があるかないかの違いだ
という見方もできますが、なにか違う気がします。

やはりそれでは根本的な解決にはならないでしょう。
なぜならば、その考え方はあまりにも一方的過ぎるからです。

精神的に余裕があるかないか?で、誰かに対する態度が 180度変わるというのは、あまりにも自分勝手です。
それはただの個人の気分の問題であって、身体障害者の方にはなんら関係のないことです。

ただの八つ当たりに等しいでしょう。
自分の機嫌くらいは自分でとっていただきたいものです。


なぜ、怒りの感情が湧き出てくるのか?
見下しているからです。


映像のようなシチュエーションであれば、

「自分が我慢してあげている」
「障害をもっている人だから、自分が作業が終わるまで待ってあげている」

という、考え方が怒りを生んでいるわけです。

これは先の事件を起こした人も同じことです。

「自分がサポートしてあげている」
「なぜこんなにも簡単なことができないのか?」

こうした気持ちが自分の中で積み重なって、相手を見下してしまった結果 起こっているわけです。


つまり、どちらのケースも
我慢している自分が被害者なのだ」という気持ちをもっているわけです。


  • この考え方をもっている限り、どんな人でも怒りが湧いて当たり前です。

被害者であり続けることに耐えられる人間は、そうそういないでしょうし。

むしろ、いたらいたで、それは危ないことです。
カラダも心もやがてボロボロになって、生きていけないでしょう。

だから、
自分が望む・望まないに関わらず、いつの間にか加害者になってしまっているわけです。


そこで浮かび上がる最大の問題点。
「怒りの感情を生み出さないためにはどうすればいいのか?」


  • 身体障害者の方々に対して、敬意をもった考え方をもつしかないと思います。

考えてもみてください。
身体障害をもっている方って凄いんです。

これは映像の彼もそうですし、どこかの事務所でサポートを受けている方たちにも言えることですが、我々健常者に対して、文句も言わずに普通に接してくれています。

おそらくほとんどの身体障害者の方々はドッキリではなく、今までの人生の中で 映像のような罵詈雑言を浴びせられてきたことでしょう。

先の事件のように、事務所行っても、本来であれば絶対の信頼を寄せなければならないサポートを担う人たちに酷い仕打ちを受けることもあります。

時には、「なんでこんな簡単なこともできないのか?」というオーラを感じながら、誰かの言うことを聞かなければならない場合もあります。

サポートを行う側と同じように、

身体障害の方も、

「この人はサポートの仕方がヘタだから嫌だ」
「この人は威圧的すぎるから顔を見たくない」

などと、思うこともあるはずです。

健常者のヒトを忌み嫌っていてもおかしくはないのです。

それでも、健常者の方々に罵詈雑言を浴びせることもなければ、事件を起こすこともほとんどありません。今より自分を良くしよう、と必死です。

魂のレベルが高いんです。

これは身体障害の子どもをもつ、親の方々にも言えます。少し前に問題になりましたよね。出生前検査。

検査の結果、「ダウン症の子どもが生まれる可能性がある」と判断された多くの人たちが子どもを下ろしたことが問題提起されました。

そんな中、育てる選択をした。
育ててきた親たちもまた、魂のレベルが高いと言えます。

時には、目の前の人を魂レベルでも見てください。

すれば自然と、払うべき人に、敬意を払えるようになります。
ヒトの本質が見抜けるようになっていきます。

それまでに持て余していた怒りの感情もいつの間にか、感謝に変わっていることでしょう。

考え方ひとつで結果は大分違ってきますし、気持ちも楽になります。

もし、相模原 障害者施設 殺傷事件を起こした彼が、ヒトを魂で見る術を習得していたのなら…結果は違ったのかも知れません。

映像で役者に対して怒っている人たちや、優しく声をかけてあげている人は、魂で見る術を自然と習得しているからこそ、ああいった行動が取れているわけです。

もちろん、あの映像を見て、役者に対して怒ったあなたもまた、同じです。

互いに敬意を忘れないこと。
これがプロフェッショナルであり、理想的な共存の形だと私は考えます。

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